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美濃焼きは、土岐市美濃焼伝統産業会館で展示・販売されており、土岐美濃焼卸商業団地(卸センター)内では、土岐美濃焼まつりが行われたりしています。美濃焼きの産地は、多治見市・土岐市・瑞浪市・笠原町にまたがっており、土岐市には美濃焼街道という道の駅もあります。
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美濃焼きの歴史は古く、平安時代から始まり室町時代後期には大窯とよばれる窯が山の山頂付近にたてられ、現在の黄瀬戸のもととなるものが作られるようになりました。その後改良を繰り返し黄瀬戸ができ、また、瀬戸黒といわれるものも生まれました。桃山時代になり茶陶が流行し志野が作られるようになり、日本で初めて筆書きの文様付けができるようになりました。その後、山の斜面を活用した連房式登窯ができ、それとともに織部という斬新なデザインの焼き物が誕生しました。江戸時代に入ると、日常生活に使用される食器が作られるようになり、幕末には陶器より磁器が生産され、発展していきました。現在では、和・洋食器の生産は全国の60%以上をしめ、タイルに関しても41%をしめる一大陶磁器生産地となっています。
美濃焼きは、多治見市や土岐市、瑞浪市、笠原町などの東濃地方を中心に焼かれている焼き物のことを言います。現在では、日用雑貨から有名な作家の作品、トイレやタイルなどいろいろなものを作っていますが、代表的なものには黄瀬戸・志野・織部・瀬戸黒などがあります。また、美濃焼きの産地では昔から問屋制度になっているため、たくさんの窯元や産地問屋があります。
美濃焼きを大きく分けると黄瀬戸・志野・織部・瀬戸黒の4つに分かれます。黄瀬戸は淡い黄褐色をした独特な焼物です。特に桃山時代のものが美しいといわれています。志野は白く軟らかなうわぐすりが厚くかけられ、表面にブツブツと穴があいたような焼き物です。織部は何にもとらわれない造形美と独創性があります。瀬戸黒は高熱の窯の中から外に出し急冷して色を出しており、世界でも珍しい製法で作られています。
美濃焼きは、土岐市美濃焼伝統産業会館で美濃焼伝統工芸品が展示・販売されていたり、土岐美濃焼卸商業団地(卸センター)内では、日本三大まつりの土岐美濃焼まつりが行われたりしています。また、土岐市には美濃焼街道という道の駅もあり、ここでも作陶体験をすることができます。